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までの治療(民間療法)を続けたいという考えを明確に伝えていたため、行動を制限することをせず、見守る姿勢で接した。Y氏は、治療への期待を持ち続けながらも、同時に「自分が死ぬのはいい。でも、残された家族のことを考えると、まだ生きていたいと思う」「子供にはたくましく生きていってほしい。父親がいない分」と、死を意識している言動も聞かれた。私たちはその思いを受け止め、面会時には家族で一緒に過ごせる場所を提供するなど配慮した。正月の外泊を無事に終えることができ、今ならば、家族とともに過ごすことができるのではないかと一時退院を勧めたが、本人からは「もっとよくなってから……」との答えが返ってきた。しかし、医師より血液データ上、病状は進行しているので早めに実現したほうがよいという説明を受け、翌日には退院を決意した。退院予定日の3日前、腹部の激痛が出現したため、モルヒネの使用を検討したが「まだ、そういう時期ではない。モルヒネは常習性があるので嫌」と強く拒否し、消炎鎮痛剤の点滴で痛みの軽減を試みた。除痛しきれない様子であったが、本人の意思は固く、予定通り退院となった。
2.在宅療養を行っていた時期
退院後は1週間に2回、市の訪問看護を受け、IVHの包交、入浴介助を受けながら、週に一度、妻が来院。2週間後にY氏が外来受診した際、「痛みもなく、いい時間を過ごしている」という話を聞くことができた。妻は幼い子供を抱えながらたいへんな様子であったが、保健婦にIVHの包交の仕方を聞くなど積極的な様子がうかがえた。
そして、いつでも再入院できることを再確認し、在宅療養を継続することにした。3週目、IVHのトラブルで来院したが「早く家に帰りたい」と処置後すぐに帰宅された。そして在宅で約1か月間過ごし、娘の初節句を終えた夜に吐血し、緊急入院となった。
3.再入院から永眠されるまで
入院時、血圧低下、および腹部の激痛があり、意識が混濁した状態であった。看護婦には痛みはないと話していたが、家族に対しては痛みを強く訴えていたため、モルヒネの持続皮下注射を開始した。傾眠状態ではあったが、覚醒時にモルヒネの使用を拒んだため、いったんモルヒネは中断した。その後徐々に意識レベルの低下が見られたが、妻に対し「痛い、痛い」と激しい訴えは続き、妻の希望もあり、モルヒネの持続皮下注射を再開した。ほとんど意識のない中でも、妻の声がけには反応し、家族との時間を過ごし再入院後2日目、家族と友人に囲まれ永眠された。
考察
今回の症例を通して次のことを学んだ。
1.症状緩和について、医療者の考える方法が必ずしも患者の思いと一致せず、私たちは戸惑いを感じることがある。しかし、治療やケアを選択するのは患者本人であり、その人の生を支えるためにはまず、患者の思いをありのままに受け入れることが重要である。
2.患者の意思を尊重し、ぺースに合わせながらケアを進めることが重要であるが、また同時に患者と家族に真実を伝え、時に応じて医療者が道を示し、リードすることも必要である。とくに終末期には患者が実際に感じている自覚症状以外に、医療者が把握している正しい病状を伝えることは、患者が残された時間をどのように過ごすかを考える機会を提供することになる。
3.訪問看護婦との連携およびいっでも相談や再入院できるというバックアップ体制を持つことは、病状の進行、死への不安を持ちながら療養生活を続ける患者と家族を支える大事なケア(支援)となる。
以上の学びを今後のケアに生かしていきたいと思う。

 

 

 

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